2017年03月16日

ぼくはネコなのだ(21)

 夏も終わりだった。うるさく鳴いていたセミも、地べたに転がりひっくり返っている。ぼくがちょっかいを出すと、そいつは羽をばたつかせるが、もう飛び上がる元気はない。ぼくはそいつをしばらくこづいて、狩りの練習をする。動きがにぶくなったところで、おやつの代わりに食べてしまう。歯応えばかりで、うちのおじさんがくれる肉棒みたいに、おいしくはないけどね。
 兄貴とぼくは、その日も東側にある高台に、パトロールに出かけていた。草むらを出入りしているうちに、兄貴の姿を見失った。一匹になったので、自分のなわばりを広げるために、少し遠出してみることにした。ぼくを見捨てた母ちゃんのことも気になったし、自分の父親と出会えるかもしれないし。
 歩道から見下ろすと、低くなった広場で、白い服を着た人間の子供たちが、笛の合図ででんぐり返しをしたり、箱に手をつきジャンプしたりしていた。笛を吹いている男の人は、あの子供たちの父親なんだろうか。それにしても、子供たちの運動が下手なのにはあきれた。まっすぐ回転できなかったり、箱の前で急に止まってぶつかり、中には急に泣き出す子供もいる。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:45| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする