2017年02月10日

ブルース・モーエンの『死後探索』に関して(2)

 近世までの日本人にとって、死後の世界の探索はごく身近なことだった。白楽天の『長恨歌』には、楊貴妃の魂を道士に探らせる話が出てくる。天理教の教祖中山みきは、修験者が加持台(よりまし)として、霊魂を乗り移らせたことから、神がかりの体験をするようになった。恐山のイタコは、死者の魂を自身に乗り移らせて、死者の言葉を語っていると信じられている。モンロー研究所で行われている「ライフライン」のリトリーバルとは、死者の魂の救出を行うことで、道士や加持台、イタコのような変性意識を、ヘミシンクという技術で体験させているのだろう。
 これは本来、宗教家が行うことである。仮にそうした体験が真実であったとして、あなたは死後の世界に囚われた魂の苦悩を、全身で引き受けることができるだろうか? 心理療法を行っている医師は、患者の悩みを自身のものとして引き受けることで、患者を治癒の方向へと導く。それは一つ誤れば、医師自身を患者の狂気に巻き込む危険をはらんでいる。
 だから、《ゲートウェイ・エクスペリエンス》で物質を超える精神の力に気づいた人間であっても、死後の世界に安易に近づくのは危険なのである。現実世界での生活が成り立たないほどの苦悩を、抱えてしまいかねないからだ。死後の魂のものとされる苦悩までも。
 ただ、モーエンの『死後探索T』に収録された「死者とコンタクトするための手引き」は、身近な人を失いつつある人、失ってしまった人の魂を癒す効果が期待できるのではないか。すでに鬼籍に入った人に、死につつある者の導きを願う方法なども説かれている。
 かつて、入院している父の気を紛らわすため、受付時間が終わった病院の待合室に、車椅子で連れていったことがあった。そのとき、父は「かあさん、かあさん」という言葉を口にした。父の亡き母、僕の祖母が現れたというのだ。また、父の死期が迫った頃、しきりに「姉貴が迎えに来た」という言葉を口にしていた。父の姉、僕の伯母は数年前に亡くなっていた。だから、お迎えが来るというのも、人間の魂にとっては真実なのかもしれない。

 参考文献 ブルース・モーエン著『死後探索T』(坂本政通監訳 塩崎麻彩子翻訳 ハート出版)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:37| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする