2017年01月26日

ロバート・モンローの『究極の旅』(3)

 モンローの世界観では、「自分」というのは現在の自分だけではない。前世と来世を含めたすべての自分が本来の自分であるるモンローは自分の集合体を「向こうの自分」(IT,I- There)と呼ぶ。時空にはMフィールドという非物質的エネルギーの場がある。思念や感情はMの振動であり、「向こうの自分」はMのみでできている。Mは望ましくない思念放射の場合もあるので、受信を遮断する必要もあるという。自分が転生を繰り返すのは、真実に近づく上で何かが足りないためである。そのすべてを知るために転生する。前世は動物だったのに、現世は人間になったというのは、霊的に進化したということなのだろう。
 仏教では「六道輪廻」ということを言う。たとえ現世は人間でも、悪業を積むと地獄や畜生道に堕ちると教えている。しかし、モンローの世界観では、罰を与えるために来世で苦しめられるというのではないようだ。「地獄道」や「餓鬼道」「修羅道」などは、来世ではなく死の瞬間の意識が死後も持続しているのだろう。殺人などの罪を犯したり、自殺をしたり、餓死など非常に苦しい死に方をした場合、自分が死んだことに気づかず、まだ生きていると思って苦しみ続ける。自分は死んだんだと悟って、上方に助けを求めればいいのに。
 では、「畜生道」はモンローに言わせれば、進化過程にある生物で、まだ人間のレベルに達していないものということになる。ペットなどは人間のそばで生きることで、来世に人間として生まれる可能性がある。人間が来世に動物にレベルダウンすることはないようだ。人間となった自分には、無数の「向こうの自分」がいて、救いを求める現在の自分を助けてくれているわけだから。ただ、その声を無視していれば、誤った人生に迷い込むということはありうる。
「人間道」以外に「天道」が残るが、これはモンローなら、人間より進化した別の知的生命体ということになるか? 物質的世界では、人間以外の知的生命体は見つからないが、非物質的世界では遭遇する機会が多い。それは非物質的世界では、時間や空間が存在せずに、思った瞬間に移動できることによるのだろう。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:29| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする