2017年01月24日

ロバート・モンローの『究極の旅』(2)

 モンローは知的生命体と旅をするとき、物質的世界と非物質的世界の境にいるHバンド騒音(ノイズ)を通り過ぎていく。人間から発するコントロールされていない思念波がピークとなっており、そこを越えていくと、物質界の影響は減衰するという。知的生命体に連れられて、モンローは自分自身の故郷を訪れる。
 そこでは宇宙空間で光を放つ雲が回転して、音楽が響く中、同じゲームが繰り返される。宇宙そのものが生命なのだろう。その単調さに耐えられず、モンローは旅に出たことを思い出す。この記述を読みながら、僕はマックス・コルバッチョMax Corbachoの《BreathStream》というアルバムを思い浮かべた。「呼吸の流れ」という意味で、宇宙が生命を持って息しているさまを、音楽化したような作品である。
 人間は故郷を旅立ち、非物質的世界を離れてこの世に誕生する。それは物質的世界で学習し、霊的に進化するためである。人生というものはそのための学習期間であって、肉体を捨てた後にその成果を携えていくのである。自殺した場合には、地球に留まることを余儀なくされたり、死の瞬間の苦痛を感じ続けることになる。(つづく)

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2017年01月23日

Quick and very powerful fire meditation for awakening your solar plexus chakra

 Amazonプライムで見られるチャラ関連のビデオでは、以前《Muladhara - Very powerful Root Chakra Meditation》を紹介した。今回は臍の少し上のみぞおち、太陽神経叢(そう)にあるマニピュラ・チャクラを覚醒させるビデオである。監督は同じくMarkus Hermannsdorferで、提供もGolden Ganesha Meditation Productionsである。
 目を閉ざしてゆっくりと呼吸し、太陽神経叢に手を置いたら、体の中心からは温かさが、脊髄の付け根からは大地の不動の力が、さらに、腹部からは水の流動性が伝わってくるのを感じること。
 大地と水のエネルギーが合体し、上昇して太陽神経叢の暖かい火に溶け込んでいく。火は力強く明るく燃え上がり、体を温め、食物の消化を助けてエネルギーを補給する。
 このチャクラこそ自分自身の中心であり、意志と個人的な力が存在する。家族や部族との絆を断ち切り、世界にただ一人しかいない個人、自分自身になるのだ。
 頭頂の方からヴィジョンや考え、意識の流れが太陽神経叢に下りてきて、火を美しく燃え立たせ、導き、世界に向かって広がっていくのを感じよう。マニピュラ・チャクラは変化する力が存するところである。
 背筋をまっすぐにしてリラックスし、太陽神経叢のチャクラを覚醒させる、力強い火の瞑想を楽しもう。
 ビデオの注意事項を意訳してみた。燃え上がる炎の力と音に意識を集中しよう。視覚と聴覚を同期させ、さらには嗅覚や触覚まで呼び起こそう。これを護摩の火に見立て、さらには自分自身が護摩の火であると観想しよう。密教では護摩壇で燃えさかる炎を「外護摩」、自分自身の心で燃焼させる炎を「内護摩」という。「外護摩」と「内護摩」を一体化して、自分の煩悩を燃やして昇華していこう。
 やがて火は落ちていくけれども、温かさは体の中央に留まり、太陽神経叢に手を置くたびに感じるはずだ。必要なときにはいつでも、点火することができるだろう。

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2017年01月22日

ぼくはネコなのだ(6)

 生まれてはじめて、ぼくは生き物が死ぬということを知った。しかも、与えられた命を、いきなり奪われることもあるということを。それはネコ事ではないのだ。えさにありつけなければ、いずれぼくたちも……
 とりあえず、ゴミ捨て場で食べ物をあさることになった。母ちゃんが網を持ち上げて、色白の兄貴が先に入った。上品な顔して、何でもぼくちゃん一番じゃないと気がすまない。要するに、食い意地が張っているんだ。袋の中に魚の頭が入っていた。ビニールを食いちぎったとき、後ろからさっき子ネコをつかまえたうちの主人が出てきた。
「こらっ!」
 兄貴は自慢のしっぽが網に引っかかってしまった。男は小走りで近づいてくる。このままじゃ、あの子たちと同じ運命だ。母ちゃんが必死に網を外そうとしている。間一髪で逃げ切り飛び込んだ先は、駐車場のある二階屋、ぼくらが生まれたうちだった。元の古巣に逆戻りというわけか。(つづく)

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