2016年12月16日

正木晃の『性と呪殺の密教』(1)

 チベットというと、ヒマラヤの麓に広がる高原の国。精神世界に価値を置いた祭政一致の国というイメージを抱く人が多いだろう。ニューエイジ系の音楽ビデオでは、ポタラ宮やチベット仏教の寺院、マニ車を回したり五体投地する巡礼が映し出される。西洋的な物質文化に辟易した人が向かうのが、インドやチベットである。
 しかし、どの国も表と裏の顔がある。チベット仏教にしても、現代人が知るのは、心の自由と身体の健康をもたらす面だけである。正木亮の『性と呪殺の密教』は、チベット仏教の闇の部分にスポットを当てた研究である。チベット仏教の経典は、日本人が知っているお経とは全く異なる。何とセックスによって悟りを得る方法が説かれているのだ。相手の女性は十代の少女が望ましい。セックスが行われる場所は墓場。女性の経血と自分の精液を混ぜて、弟子に飲ませるようにと書かれている。善悪の彼岸を目指すために、あらゆる道徳が否定される。それによって解脱が得られるわけだが、僧侶が守るべき戒律ではセックスは禁止されている。戒律を守る僧侶は解脱できないというジレンマを、後期密教は抱え込んでいるのである。
 現代のチベット仏教では、それが文字通り実践されることはない。大半の僧侶は顕教しか学んでおらず、密教の修行が認められるのは一部の英才だけである。経典は象徴的に解釈され、精液はヨーグルト、経血はサフランで代用され、少女とのセックスも瞑想中に現れた女神と、イメージの中で行うとされる。ただ、本書の主人公である怪僧ドルジェタクが生きた中世では、後期密教の経典に説かれたまま、文字通りの実践が行われていたとされる。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:53| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする