2016年11月13日

プラネタリウムと天体望遠鏡

 プラネタリウムに人が集まるのは、都会で星が見えないからである。人間の肉体を構成する物質も、太陽が誕生する以前に超新星爆発で生じたと言われているから、星に興味を持つのは、自身の根源に対する郷愁なのかもしれないし、生物が天体の動きから無縁でいられないからかもしれない。少なくても、太陽と月からは、心身ともに大きな影響を受けている。
 真言密教の立場では、すべては大日如来の表れと考える。即身成仏が可能かどうかは、自身が大日如来であることに気づくかどうかにかかっている。大日如来は創造主ではないが人格を持っている。根源の光のような存在で、あらゆる存在はそこから生じた星のようなものである。プラネタリウムの光源が大日如来で、その穴からドームに映し出されるのが一つ一つの存在である。人が死ぬと星が一つ消えるが、大日如来の光はまた新たな星を生む。
 ロバート・モンローは、一人の人間は生死を繰り返しており、あちら側の世界には、かつて生きた自分の人格が無数いて、その全体が自分であることを知れば、死後のとらわれの状態から解放されると考えた。その数は限りなく多いので、一つの「前世」を考えること自体はあまり重要ではない。無数の人格の全体が、あちら側の自分なのだと。

 最近、天体望遠鏡を手に入れた。子供の頃からほしかったのである。実際に組み立ててみたが、いきなり星を見るのは簡単ではない。昼間に遠くの風景を観察するなどして、焦点の合わせ方などに慣れておいた方がいい。いきなり天体望遠鏡を覗いても、見えるのは闇ばかりである。点にしか過ぎない星の光を、数十倍に拡大するのであるから、わずかのずれも闇しか映さないし、微かな光に焦点を合わすのは容易ではないからである。自身の根源が探れるようになるのは、まだまだ先になりそうである。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:26| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする