2016年11月01日

猫の耳(1)

 猫の耳というものはまことに可笑しなものである。薄べったくて、冷たくて、竹の子の皮のように、表には絨毛が生えていて、裏はピカピカしている。硬いような、柔らかいような、なんともいえない一種特別の物質である。私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやってみたくて堪らなかった。これは残酷な空想だろうか?

 梶井基次郎の『愛撫』の冒頭である。確かに、猫の耳は特別な器官であって、犬にとっての鼻のようなもの。知覚にヒエラルキーがあるとすれば、目なんかよりも鋭くて、人間の耳よりよっぽと敏感で、繊細に出来ているんだろう。
 いつだったか、毛並みのいい子猫を見かけた。白に薄い茶の毛が混じっており、優美で上品な顔をしている。性格もおっとりして人なつっこい。地味だけれども、純真な子供のように美しい。
 ある日、その子猫の右耳が「切符切り」でパチンとやられたみたいに、V字に切り込みが入れられていた。何とひどいことをするんだと僕は絶句した。放し飼いにされている猫は、喧嘩で耳を食いちぎられたりするが、それとは明らかに異なっている。他の猫を見てみると、やはり「切符切り」で切られたような切れ込みがある。
 あとで知ったことだが、地域猫など放し飼いにされている猫は、避妊のために去勢されており、目印として耳の端を切り取られるそうだ。市場に売りに出された子牛のようで、部屋で飼われている猫には、決してこんな仕打ちはしない。
「自然の美に対する冒涜じゃないか!」
 去勢したという印なら、首輪でもつけておけばいいものを。こんなことを考えついた人間は、よほど動物への情愛が欠けているんだろう。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:51| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする