2016年11月14日

兼六園と金沢城(3)

 すでに午後四時半を回っていた。急いで金沢城に向かった。ただ、史跡としては見るべきものはあまりない。天守閣は1602年(慶長7)に焼失し、再建されることはなかった。藩主は三の丸に居住していたという。
 実は、金沢城趾は金沢大学のキャンバスとして使われていた。大学が移転した後、金沢城公園として整備された。石垣が補修され、門や櫓が再建された。ただ、石の組み方も規則的で味わいがない。壁や柱は新しすぎて映画の撮影所のセットを見ているようだ。屋根には多数のカラスが群れていた。要するに、金沢城で見るべき物はないということだ。
 午後五時に金沢城は閉まった。ひがし茶屋街に向かうことにした。そこには、将軍徳川家斉の文化年間の茶屋が残っている。江戸時代の歓楽街の趣が感じられる。日暮れ時で、今でも料亭として用いられている建物も多い。二階が客席となっているが、障子は閉められたまま、人の気配は感じられない。イタリア人やスペイン人の姿が目につくのも、東洋の文化に触れたくて訪れているからだろう。また、周辺には泉鏡花の記念館などもあり、文人が愛した町、金沢の一面が感じられる。


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2016年11月13日

プラネタリウムと天体望遠鏡

 プラネタリウムに人が集まるのは、都会で星が見えないからである。人間の肉体を構成する物質も、太陽が誕生する以前に超新星爆発で生じたと言われているから、星に興味を持つのは、自身の根源に対する郷愁なのかもしれないし、生物が天体の動きから無縁でいられないからかもしれない。少なくても、太陽と月からは、心身ともに大きな影響を受けている。
 真言密教の立場では、すべては大日如来の表れと考える。即身成仏が可能かどうかは、自身が大日如来であることに気づくかどうかにかかっている。大日如来は創造主ではないが人格を持っている。根源の光のような存在で、あらゆる存在はそこから生じた星のようなものである。プラネタリウムの光源が大日如来で、その穴からドームに映し出されるのが一つ一つの存在である。人が死ぬと星が一つ消えるが、大日如来の光はまた新たな星を生む。
 ロバート・モンローは、一人の人間は生死を繰り返しており、あちら側の世界には、かつて生きた自分の人格が無数いて、その全体が自分であることを知れば、死後のとらわれの状態から解放されると考えた。その数は限りなく多いので、一つの「前世」を考えること自体はあまり重要ではない。無数の人格の全体が、あちら側の自分なのだと。

 最近、天体望遠鏡を手に入れた。子供の頃からほしかったのである。実際に組み立ててみたが、いきなり星を見るのは簡単ではない。昼間に遠くの風景を観察するなどして、焦点の合わせ方などに慣れておいた方がいい。いきなり天体望遠鏡を覗いても、見えるのは闇ばかりである。点にしか過ぎない星の光を、数十倍に拡大するのであるから、わずかのずれも闇しか映さないし、微かな光に焦点を合わすのは容易ではないからである。自身の根源が探れるようになるのは、まだまだ先になりそうである。

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2016年11月12日

「ゲートウェイ・エクスペリエンス」私見(29)

 フォーカス15に入ったら、 「創造と具現化」のエクスサイズに入る。自分が望んでいることを実現するために、その状態をイメージするのである。実現した場面を想像し、そのとき取るであろう行動を思い描き、実現したことを知人に報告する場面などを視覚化する。すると、相手は何かを話し出すから、その言葉を意識に残すようにする。願望を「具現化」するためのヒントが、隠されているだろうから。
 フォーカス12では、肉体は眠っていても意識は覚醒して鋭敏になり、普段はとらえられないことまで敏感になっていた。意識は肉体の側にあることが多かった。
 ところが、フォーカス15ではイメージした世界の中にどっぷり浸かるので、自分自身はイメージしている世界の中に移動している。夢を見ている状態とも言えるし、広義の体外離脱の状態に移行しているとも言える。


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