2016年10月07日

野間宏編『小説の書き方』(6)

 無意識に対する過大評価は、人間の意志や力強さとは両立しにくいものである。運命との闘いといった意志の強さを前面に出したければ、意識の流れは背景に退かざるを得ない。なぜ無意識的なものが過大評価されるようになったかと言えば、それは個人主義が浸透し、自分自身の世界に引きこもる傾向が強まったからである。
 その勢いで人間の関心は内向し、社会的な問題に対する無関心を引き起こす。さらに社会との隔絶は自分自身の意志さえ脆弱なものとする。サルトルの描く「嘔吐」の主人公ロカンタンは、目の前に見える現象に神経症的な不気味さを感じている。感覚器官が与える一つ一つの印象に恐れを抱く彼には、それらを統轄する意志の力というものが感じられない。
 サルトルは二十世紀の若者が感じた不安を描いたわけだが、十九世紀の小説が持っていたダイナミズムとは無縁のようである。「赤と黒」のジュリアン・ソレルのような若者を、物理的・精神的な冒険を果敢になす主人公を、一般の読者は求めているというのに。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 00:50| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする