2015年12月31日

Mindplace Audiostrobe Collection(8)

 人は死ぬときにどのような体験をするか、僕がチベット仏教に惹かれたのもそのためだった。古派ニンマ派には埋蔵経という経典がある。行者の神秘的な体験を記したもので、後世に発掘されたという形を取っている。インド伝来の経典ではないから、いわゆる偽経に分類されるのだが、その価値自体が損なわれるものではない。『チベットの死者の書』には、具体的な死の経過がありありと描かれており、心理学者のユングも人間の深層心理を反映するものとして高く評価している。
 立花隆の『臨死体験』は、生前の父と僕が読んで感想を言い合った数少ない本である。入院中の父は、以前危篤に陥ったときのことを振り返り、別に何も記憶していないと答えた。臨死体験と呼ばれるものは、すべての人間が体験するとは限らないのか? それとも、その時点では父も、生命の危機は経ていなかったのかもしれない。
 死の瞬間には苦痛を和らげるために、脳内麻薬が放出され、身体感覚が消えて自分の内部しか感じられず、恍惚の状態に陥るらしい。それが「お花畑が見えた」というような夢を見させるのかもしれない。ただし、死が生からの解放ととらえられ、死を受容する前段階には、死の恐怖や苦悶があるようだ。死ぬ少し前、父は朦朧とした意識の中で、「姉貴が呼んでる」と亡き伯母のことに触れたり、病室の一郭を指さして、「坊さんが見える」と口走ったりした。それはまだ、死を受容する前段階だったのかもしれない。
 亡くなる前日、すでに瞼も開いたままになり、瞬きもしなくなっていたが、手を握ると握り返してきた。死の恐怖を和らげようと、病室の中ではディズニー映画『ピノキオ』の主題歌「星に願いを」を流していた。翌日、息を引き取った姿は、母胎の中の胎児のように見えた。それに関しては以前、『海に帰る日』と題して小説にまとめ、iTtunes Store(https://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?mt=2)から配布しているので、関心を持たれた方は目を通していただければと思う。
 さて、脳波を誘導することで、臨死体験も擬似的に体験できる時代となった。以前、ヘンリー川原氏のセッション「臨死体験」を聞いて、僕自身が得た印象は、「臨死体験のシミュレーション」(http://takanoatsushi.seesaa.net/article/297464814.html)と題して、ブログに投稿してある。手足から血液が引いて冷たくなり、肉体の感覚も失せていった。回転する光まで見えてきたから、正直恐ろしくなって二度と試していない。ヘンリー川原氏のセッションは、脳波を誘導する音しか録音されていないが、そのためにかえって、聞く人なりの経験をさせてくれるのかもしれない。
 八幡書店から発売されたブレインマシン「カシーナ」を拡張するCDとして、Janusz Slawinski博士の「レクイエム」Requiemがある。酵母が死ぬときに発する光を、生物学的に測定したデータに基づいているという。ヘンリー川原氏のセッションが余りに衝撃的だったので、トラウマになって「レクイエム」の体験をするのには二の足を踏んでいたが、今回はその印象を記すことにしよう。
 もし「カシーナ」付属のゴーグルではなく、目を開けて光の体験ができるゴーグルDeep Visionをお持ちなら、そちらで試されるといい。目を開けたままだとかなりまぶしいから、時折開ける程度か、半眼にするといいだろう。微かに色が感じられるくらいがベストである。
 ゴーグルとヘッドフォンをつけて、いよいよセッションが始まる。教会で葬送されているような、悲しいメロディーが聞こえてくる。この世ともこれでお別れかという気持ちになる。天上の歌声のようでもあるが、やがてそれが死んでゆく人々の声に聞こえてくる。自分だけが死ぬのではない。今、この瞬間にも死につつある人が大勢いるんだと感じる。心強いような、覚悟を迫られたような気分になる。すでに手足の感覚はなくなっている。
 やがて、変調を起こしたような、耳障りな音が迫ってくる。自分が壊れていく感じだ。いよいよ、意識も失われていくのか。子供の頃の自分の姿が頭をよぎった。こうやって一人の人間が消えていくんだな……。
 あとはなすがままになるだけで、気がつくとアルバムの前半Requiemは終わっていた。続けて後半のBeyondを体験する。もはや苦悶の印象はなかった。意識は失われていくが、すうっと眠るような感覚しかない。セッションが終わったところで目が覚めた。


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2015年12月30日

チベットの都ラサへ(1)

 ラサまでの道は遠かった。居眠りをした後は、ひどい頭痛は治まっていた。気がつくと大通りを走っていた。ラサの街並みはすっかり中国化され、近代的なビルが建ち並んでいる。本当にここはチベットか? 中国の地方都市にしか見えない。
 漢族の運転は荒っぽい。遅い車を追い越そうとして、車が四、五台も連なっている。対向車線のラインを越えて進むと、遅い方の車でも、それに負けじと速度を上げる。クラクションがけたたましく鳴り、反対から来る車と接触しそうになる。猛スピードで進む車の間を縫って、人々や自転車が平気で横切る。まさに命懸けだな。
 ラサはもはやチベット人のための都ではない。近代化を押し進めること自体、中国の一部と化していくことにほかならない。チベット文化は農村を除いて、過去の遺物となりつつある。それに抵抗するように、チベット人は民族服をまとい、チベット仏教への信仰を貫き、ダライラマを崇拝してやまない。それが新たな弾圧を生んでいく。(つづく)


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2015年12月29日

偽ニュース

 夜七時の偽ニュースです。今年のゆるキャラ・グランプリに、○○市のベリー・ダンス君が選ばれました。ベリー・ダンスと言いますと、女性が薄い衣装をまとって、腰をひねって踊る姿を思い浮かべますが、こちらは男性が黒いかぶり物で顔を隠し、お腹に描かれた顔をおかしく歪めて笑いを誘う「へそ踊り」をモデルにしたゆるキャラです。演じる男性は体毛を剃った上に、寒空でも図腹でスマイルしなければなりません。腹芸の一種なので、嘘はつけませんし、へそに描かれた口では天ぷらや寿司も食べられません。人前でお腹をさらす上に、手弁当という条件なので、ベリー・ダンス君を演じてくれる若者を確保するのが悩みの種ということです。

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