2017年01月23日

Quick and very powerful fire meditation for awakening your solar plexus chakra

 Amazonプライムで見られるチャラ関連のビデオでは、以前《Muladhara - Very powerful Root Chakra Meditation》を紹介した。今回は臍の少し上のみぞおち、太陽神経叢(そう)にあるマニピュラ・チャクラを覚醒させるビデオである。監督は同じくMarkus Hermannsdorferで、提供もGolden Ganesha Meditation Productionsである。
 目を閉ざしてゆっくりと呼吸し、太陽神経叢に手を置いたら、体の中心からは温かさが、脊髄の付け根からは大地の不動の力が、さらに、腹部からは水の流動性が伝わってくるのを感じること。
 大地と水のエネルギーが合体し、上昇して太陽神経叢の暖かい火に溶け込んでいく。火は力強く明るく燃え上がり、体を温め、食物の消化を助けてエネルギーを補給する。
 このチャクラこそ自分自身の中心であり、意志と個人的な力が存在する。家族や部族との絆を断ち切り、世界にただ一人しかいない個人、自分自身になるのだ。
 頭頂の方からヴィジョンや考え、意識の流れが太陽神経叢に下りてきて、火を美しく燃え立たせ、導き、世界に向かって広がっていくのを感じよう。マニピュラ・チャクラは変化する力が存するところである。
 背筋をまっすぐにしてリラックスし、太陽神経叢のチャクラを覚醒させる、力強い火の瞑想を楽しもう。
 ビデオの注意事項を意訳してみた。燃え上がる炎の力と音に意識を集中しよう。視覚と聴覚を同期させ、さらには嗅覚や触覚まで呼び起こそう。これを護摩の火に見立て、さらには自分自身が護摩の火であると観想しよう。密教では護摩壇で燃えさかる炎を「外護摩」、自分自身の心で燃焼させる炎を「内護摩」という。「外護摩」と「内護摩」を一体化して、自分の煩悩を燃やして昇華していこう。
 やがて火は落ちていくけれども、温かさは体の中央に留まり、太陽神経叢に手を置くたびに感じるはずだ。必要なときにはいつでも、点火することができるだろう。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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「は」と「が」の使い分け(第3版)

 日本人が何気なく使っている「は」と「が」は、外国人の日本語学習者には、なかなか習得することが難しい。同様の区別がある韓国語の話者なら、すぐに理解してもらえるが、中国人や欧米人には、煩雑すぎてなかなか理解してもらえない。読んだり聞いたりする分には問題なくても、いざ表現する段になると、上級レベルの学生でも間違えてしまうことが多い。
 古代の日本語では主題の「は」は、用いられていたが、主格の「が」の位置には何も現れなかった。「我が国」の例に見られるように、現代語では所有の「の」に相当する表現として、「が」は用いられていたのである。

 色は匂へど散りぬるを(現象である花は咲いても散ってしまうのに)「いろは歌」

 むかし、男ありけり。(昔、男がいた。)「伊勢物語」

 外国人は初級で「は」と「が」を習うのだが、基本的な用法を習得しないまま、さまざまな用例にぶつかって、混乱してしまうことが多い。とりあえず辞書を見れば、文法的な説明は書いてあるのだが、細かく分類してあるので、途方に暮れてしまいがちである。外国人に微妙な使い分けを教える場合は、要点をとらえて、これだけ知っていれば、九割方は正しく使いこなせるようにするのが、実用的な教え方である。
 留学生に「は」と「が」の使い分けを、分かりやすく説明してほしいと頼まれたので、試みに資料を作ってみた。外国人の中級・上級レベルの学生に教える場合や、日本語学習者で使い分けの区別を確認したい場合は、以下のリンクでpdfの文書を開いてみてほしい。
watoga.pdf

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2017年01月22日

ぼくはネコなのだ(6)

 生まれてはじめて、ぼくは生き物が死ぬということを知った。しかも、与えられた命を、いきなり奪われることもあるということを。それはネコ事ではないのだ。えさにありつけなければ、いずれぼくたちも……
 とりあえず、ゴミ捨て場で食べ物をあさることになった。母ちゃんが網を持ち上げて、色白の兄貴が先に入った。上品な顔して、何でもぼくちゃん一番じゃないと気がすまない。要するに、食い意地が張っているんだ。袋の中に魚の頭が入っていた。ビニールを食いちぎったとき、後ろからさっき子ネコをつかまえたうちの主人が出てきた。
「こらっ!」
 兄貴は自慢のしっぽが網に引っかかってしまった。男は小走りで近づいてくる。このままじゃ、あの子たちと同じ運命だ。母ちゃんが必死に網を外そうとしている。間一髪で逃げ切り飛び込んだ先は、何とぼくらが生まれたうちだった。元の古巣に逆戻りというわけか。(つづく)

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