2019年03月26日

ヘッドフォンのパッド交換

 nano iDSD BLACK LABELを買ってから、パソコンで音楽を聴くことが多くなった。外でならウォークマンにイヤフォンが手軽だが、じっくり音楽を味わうには、ヘッドフォンの方がいい。ソニーのMDR-1RMK2がこんないい音を出せたのかと、見直すようになった。
 とはいえ、数年前に買った物で、ヘッドフォンのイヤーパッドとヘッドバンドがぼろぼろになっている。自分のだけかと思っていたら、他の人も悩んでいた。でも、いい音を出しているのだから、買い換えるのももったいない。そこでネットで検索したら、交換用のイヤーパッドや、ヘッドバンドのカバーを売ってることが分かった。
 ただし、ソニーの正規品は高価である。他の業者が出しているもので、互換性のある物を見つけた。 Geekria Direct JPという業者が出しているReplacement Earpad for Sony MDR-1R, MDR-1RNC Headphone Ear Padと、同社が出しているヘッドバンドカバーである。
 注文して届いたので、早速交換してみることにした。イヤーパッドの中に黄色い棒が入っている。それを元のヘッドフォンとイヤーパッドの間に差し入れて、少しずつ外していくのである。外したら内側のプラスチックの枠を外し、新しいイヤーパッドに挟み込む。小さくて入らないようだが、伸縮性があるので、引っ張ればはめることができる。その際、上下や左右を間違えないように。詳しくは以下の動画(https://youtu.be/vkT63nQBHYM )を見るといい。
 一方、ヘッドバンドカバーの方は、元のヘッドバンドはそのままにして、上からジッパーを外側にしてかぶせていく。こちらもかなり小さいので、伸縮性のある布を引き延ばす必要がある。ジッパーをはめるのが一苦労だった。もう少し余裕のある作りでもよかったのではないか。


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「君のまだ見ぬOGASAWARA(小笠原)+1」(pdf)

「僕の人生観を変えかねないような世界を、垣間見せてくれたのは海そのものである」
 小笠原諸島の自然と接した体験を、詩的な文体で印象的につづったエッセイ「君のまだ見ぬOGASAWARA」をアップロードします。「東洋のガラパゴス」にあるジャングル、海の生物、島々のたどった歴史に触れてみませんか。
 改版にあたり、巻末にエッセイ、リュック・ベッソンの『グラン・ブルー』を加えました。

 以下のリンクをクリックすると、すぐにpdfが開きますので、パソコンに保存してご覧下さい。Adobe Acrobat Readerの「フルスクリーンモード」だと、バーチャルな書籍がモニターに再現されます。
ogasawara2.pdf

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posted by 高野敦志 at 04:13| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月25日

「と」「ば」「たら」「なら」の違い

 人間は似ていることを区別するのが苦手である。フランス語を勉強していた頃、フランス語の単語を思い出そうとすると英語の単語が浮かび、英語でしゃべろうとすると、フランス語の単語が邪魔をした。
 同じようなことは、中国人の日本語学習者が、日本語で文章を書いているときにも起きる。中国語の簡体字が混入してしまうのである。また、中国語で話しているのに、日本語の漢語が混じってしまい、国の友人に怪訝な顔をされたという話も聞く。
 松尾芭蕉の俳句に

 物言へば唇寒し秋の風

というのがある。
 人の短所を言ったりすると、後味が悪いものだという格言のように使われるが、「物言へば」の部分は、現代語なら仮定条件を表す「仮定形」で「物を言うなら」だが、芭蕉の俳句は文語だから「已然形」で確定条件となり、「物を言ったので」ぐらいの意味となる。
 文語の場合、仮定条件を表すなら、「未然形」に接続する。「物言へば」ではなく、「物言はば」となるのである。慣用句の「言わば」は、「たとえて言ってみれば」という意味で、現代語なら、仮定形で表されるところなのである。古典の授業で習ったことを忘れると、この辺の違いが分からなくなってしまう。

 名にし負はばいざ言問はむ都鳥
  わが思ふ人はありやなしやと

 東京の浅草に言問橋という橋があるが、この和歌は『伊勢物語』の中で、在原業平とされる主人公が、都鳥という名の鳥に向かって、「名前に都とついているなら、都鳥よ、質問しよう、私の大切に思う人は無事かどうか」と問うたものである。都鳥というのはユリカモメのことで、「これなむ都鳥(これこそ都鳥です)」と聞いたばかりだからこそ、「名にし負はば(名前についているなら)と、詠んだのである。

 現代語の「春になれば桜が咲く」は、文語の已然形に由来する「恒常条件」である。「春になると桜はいつも咲く」のである。一般に、「ば」を従属節に用いる表現では、主節に意志や希望、命令の表現は来ない。
「もし雨が降ってくれば、キャンプは中止しなさい」は非文となる。その場合、「もし雨が降ってきたら」というのが正しい表現となる。にもかかわらず、従属節の用言が「ある」など状態性の動詞や形容詞なら、「質問があれば、手を挙げてください」「安ければ、買いたいです」と言えてしまうのである。
 このように、「と」「ば」「たら」「なら」の区別は煩瑣を極め、日本語話者であっても、文法的な使い分けを説明するのは、容易なことではない。
 そこで、「基本的な用法」と「応用的な用法」に分けて整理してみた。網羅的に学習するのは難しいが、よく用いられる表現を一通り押さえておけば、自分が表現する際の誤用は避けられる。上級の日本語を学習している外国人学生や、日本語を教えている方は、参考にしていただきたい。

 以下のリンクからダウンロードできます。
tobataranara.pdf

 iTunesからダウンロードする場合は、マイミュージック→iTunes→iTunes Music→podcasts→当該のフォルダの下に、ファイルが入ります。大部分のパソコンにインストールされているAdobe Readerで読むことができます。

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